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こぼりの日記

渋谷のwebライターが映画や本の感想をあげていくブログです。

"友達"の定義について再考してみた。

facebookの"友達"が1100人目前になってきた。

SNSのフォロワー数がキリ番になるたびにふと思う。

"友達"の定義ってなんなんだろう…?

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この1100人の"友達"に小堀竜太は"友達"ですか?と問えば、「うん。もちろん!」と答えてくれる方は多くはないだろう。

そう思っているので、SNSでの投稿は、最近控えめにしている(つもりだ)。

リムーブされるのは、気持ちのいいものではない。

以前は、facebookの"友達"が一人減るたびに誰が自分を"友達"から削除したかを躍起になって特定していたほどだ。(※現在はやっておりません)

考えれば考えるほど、僕は"友達"が少ない気がしてきて、嫌気がさしてきたので、自分で考えるのをやめて、Google先生に聞いてみた。

 

Google先生、"友達"って何ですか?

Googleで検索してみたところ、以下の記事がトップに出てきた。

友だちとは? 友だちの定義とは? 本当の友だちとは? 本当の友だち・・・・・・いる?|アシベズヘア|note

この記事のTVからの引用部分が目に止まった。

有吉: ホントの友だちっています?
マツコ: 今よく考えてみたら、最近、ご飯とか食べてんのも、全部仕事関係の人だわ。純然たるプライベートってある?
有吉: ボク、ボクはありますあります、全然。
マツコ: どういうお時間?
有吉: え、あの、こういう業界の連中じゃない奴とご飯食べに行ったりとか。
マツコ: どういう人?
有吉: どういう人? だから昔二十歳くらいの時にバイトしてたバイト先のなんか友だちとか。
マツコ: 何そのちょっと印象の良い話! ホントに? えー、すごいね、アナタ! アタシ、過去は全部切ってきた女だから、誰もいないのよ。
有吉: オレも高校時代までは全部切ってんだけど、こっち出てきてからは何人か。
マツコ: 夏目は?
夏目: 私も小学校、中学校、高校、大学と、それぞれの友人に会うことはあります。
マツコ: 小学校!? 偽善だろ!?
有吉: たぶんボクがあるってことは、みんなあるよ。
マツコ: アタシもう、何にもない。幼馴染なんて一人も連絡取ってないし、だからもう一番古い関係で、ミッツさんとか、だよ。
有吉: でもまあ、業界の人っちゃあ業界の人。
マツコ: もうだからそうなっちゃったら違うじゃない、もうミッツさんとただの友人かって言ったらもう違う、仕事現場でも一緒になるから、ダイアナさんも最近テレビ出てるし、もうアタシはだから稼げなくなったら終わりよ。アタシにうまみがあるからみんな周りに居てくれるけど、アタシに何のうまみも無くなったら周りから人が誰も居なくなるのよ。ミッツさんとダイアナさんだけになるのよ結局。ミッツさんとダイアナさんだってもうこうなったら分わかんないわよ! いやあ、ちょっと怖いね。え、でも、今からプライベートの・・・・・・。
有吉: もう難しいよ、こっからは難しいよ、やっぱり。

 

 

自分に当てはめて考えてみると、小学校、中学校の友人とはたまに会う。高校、大学の友人とはほぼあっていない。正式な同窓会には、呼ばれないし、行かないだろう。

学校やクラスが同じであったというだけで"友達"というのは腑に落ちない。

ただ、高校までの"友達は切った"という表現は好きになれない。

仕事である程度成功を収めたら、久々の友人とも会ってみたい気はある。結局、僕は見栄っ張りというかプライドが高いのだろう。。

 

"友達"とは見返りを求めない関係のこと

この記事を書いていたら、昔、友人に言われた言葉を思い出した。

「お前さー、"友達"に期待しすぎなんじゃないの?」

当時、は割と友人関係に悩んでいた。というのも"友達"の敷居を高く設定していたからだ。

"1対1もしくは少数でご飯に誘った時にすぐOKしてくれる人"

この定義でいくと僕の"友達"は絶望的に少ない。(特に女性)

ただ、友人に"友達"に期待しすぎるなと言われ、ハッとした。

僕は"友達"というものに高いハードルを設けていて、そのくせ友人に助けてもらったりしたけども、僕は友人に何をしてあげられたのだろうか。。

iponeの充電器を貸してあげたことしか記憶にない。

(※大学2年生当時、授業のノートを貸してと頼んだ時に断られないようにiphoneの充電器を大量に持ち歩き、友人に恩を売ろうと企んでいた。)

僕は、友人に何をしたわけでもないのに、"友達"というものに多くの見返りを求めてしまっていたのだ。

 

 

僕の"友達"の定義

今、僕は"友達"の定義をはっきりと定義している。

僕のことを"友達"と言ってくれる人だ。

それだけで十分なんじゃないかなと思う。"友達"に多くを求めすぎたり、"友達"にもっとこうしてあげないととか考えるのは、疲れる。

僕のことを"友達"と呼んでくれる。それぐらいの意味合いで気楽に構えていきたい。

 

(※この記事では、"友達"は、概念としての意味。友人はそれ以外で使い分けています。)